土地の神話と現実 – 親の夢は子供の苦労
Last Updated on 2025年1月6日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます![]()
田舎の不動産は住むならいいが、住まないで持つのは負動産である。
目 次

不動産は負動産
土地の価値のジェットコースター
70年近く生きてきて分かることがあります。
それは、土地の価値が時にはジェットコースターのように上下するという現実。
父が購入した北海道旭川市の土地も、結局は物価スライド分と同じ価格で売らざるを得なかったんですよね。
昭和40年当時、夢見た土地神話も現実にはそんなものだったりします。
実家の岩見沢市の大きな庭付き家も、誰も住むことがなく、最終的には安く手放す羽目になりました。
昔住んでた家の庭
今は親兄弟の3軒とも別な人の手にわたっています。
まるで
「家、タダであげます」
っていうセールみたいな感じですけど、誰も「もらってくれる人」がいなかったので、建てた建築業者に買い取ってもらったら、すぐに買い手がついて、今もそのまま住んでいます。
専門家の建築業者の意のままである。
昔住んでた家
土地建物神話からの目覚め
親たちが信じていた土地神話、その夢のような土地が、結局は子供たちにとっては
「手放す時の大きな試練」
となりました。
その頃、親たちの姿を思い浮かべると、なんだかあの夢見た土地が実は幻想だったように感じます。
おそらくは親戚兄弟が多かったので、みんなが一緒にそばで仲良く暮らすことを夢見ていたのでしょう。
親族が、一人づつ順に病気になっていき、年を重ねて行動範囲が狭くなることなど考えてはいたが、現実と乖離していたかもしれません。
いくら夢を描いても、現実は時にシビアで、時にコミカルでした。
父たちが信じていた
「土地は資産」
という神話、そしてそれを受け継いだ子供たちは。
それは「死産」という大きな「負動産」なり、最後に土地を手放すとき、まさに子供たちの泣き笑いだったわけです。
人生って、いろいろなことを信じて進んでみても、最終的にはその「信じていたもの」に現実の風が吹いて、気づけばちょっと違う場所に立っているんです。
大災害が教えてくれること
そして、時に大災害が起きるとき、人間の生き方は大きく変わります。
大きな地震や津波、台風などの自然災害を目の当たりにすると、人はその瞬間に、自分がいかに無力であるかを思い知らされます。
土地も建物も、自然の前ではただの一瞬の記録でしかないことを感じるわけです。
でも、それが教えてくれるのは、自然の偉大さと、人間の持つべき謙虚さ。
自然は無慈悲にその姿を変えることがあるけれど、それでも私たちは立ち上がり、また歩き始める力を持っています。
土地建物に頼らない生き方の重要性
そして、その力を得るためには、土地や物質に頼りすぎない生き方が大切だと気づかされるんです。
それでも、経験があるからこそ、次に進む力が湧いてきます。
土地の神話に関しても、しばらく笑い話にしておける日が来るかもしれません。
それはまだ先かもしれませんが、少なくとも私は、土地や建物に「頼らない生き方」を考え始めました。
しょせん物質はいつかは壊れるから、家という物は使い捨てる考えも必要です。






