雪に埋もれた真実、でも本当に埋もれているのは・・・

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Last Updated on 2025年1月10日 by 管理者 Nikifarm

おはようございますおねがい

昨日、新潟県寺泊市で有名な「角上」に行ってきた、日本海の魚がずらり、スーパーとは違い美味しいそうな食材が並んでいる、観るだけでも楽しい。

子供のころには毎日のように魚介類を食べていた気がするが、時代の流れなのだろうな。

 TODAY'S
 魚が泳ぐ間に肉が焼かれる

青森の大雪、昔と今の違い~雪に埋もれた真実とは?

数日前、青森県では大雪のニュースで騒がれています。

「災害級」や「警報級」

といった言葉が飛び交い、除雪車がフル稼働する様子が報じられています。

しかし、ちょっと待ってください。

実際の雪の量は、昔と比べてどうなのでしょうか?

積雪量の真実

気象庁のデータを調べてみると、青森の1月の積雪量は年々減少しています。

1955年の1月には300cm、1985年には364cmと、現在の約2倍から3倍もの雪が降っていた時代がありました。

それに比べると、2024年の積雪量は131cmと、まるで控えめな雪国の挨拶程度。

数字が物語る通り、青森の雪は「昔ほど」ではありません。

それなのにどうして

「災害級」

と大げさに報道されるのでしょうか?

災害救助法と経済の雪解け

青森県で大雪により

災害救助法

が適用されたのは、2012年と2025年の2回だけ。

つまり、半世紀以上の間、この法律が使われることは稀だったのです。

しかし今、雪が降るたびに「災害」となる背景には、過疎と経済的な要因がちらつきます。

例えば、除雪業者や建設業者は、こうした災害時に大きな収益を上げることができます。

除雪のための重機や人員、被害を受けた建物の修理が必要とされるため、彼らにとってはまさに「雪が降ると儲かる」状態です。

さらに、避難所不足を補うための宿泊業や、災害時の物資供給業者にも恩恵が及びます。

これを「雪解けの恩恵」と呼べるかどうかは、私たち次第ですが・・・

昔の雪国生活~助け合いの精神

一方で、昔の雪国では、地域のつながりが深く、助け合いが当たり前でした。

近所のおじさんが率先して除雪を行い、子供たちは通学前にソリを押して遊びながら手伝ったものです。

手作業の除雪は、ただの労働ではなく、地域との交流や健康維持の一環でもありました。

それが今ではどうでしょう?

「除雪はプロに任せればいい」といった便利さの追求と、過疎と高齢化が進む中で地域の「自助」が薄れ、除雪業者や行政への依存度が高まっています。

もちろん、これも一つの時代の流れですが、なにか寂しさを感じるのも事実です。

現代雪国の課題~雪とどう向き合うか

では、これからの雪国はどうあるべきでしょうか?

雪かきができる若者は減り、行政が資金を投じ機械て対応する時代です。

しかし、便利さだけを追い求めると、人間らしいつながりや助け合いの精神はどこに行くのでしょう?

例えば

〇㎝以上の大雪が降ったら〇〇市は雪かきのためにすべての仕事や学校もお休み、地域の雪かきボランティアを復活させ、助け合いを楽しむ文化を作る

のはどうでしょうか?

そうすれば、雪もただの「負担」ではなく、町みんなで楽しい「臨時休業」のきっかけになるかもしれません。

雪に埋もれる真実と皮肉

結局、現代の雪国生活は「効率化」「経済効果」の間で揺れ動いています。

便利さを求めすぎると、人間としての温かさやつながりが薄れてしまう。

でも、その一方で、便利な時代に甘んじている自分たちを否定するのも難しい。

青森の雪は確かに厳しいけれど、本当に埋もれているのは「雪」ではなく、

「助け合い」

の心なのかもしれませんね。

最後に

青森や日本海側の雪が毎年話題になるたびに思うのは、雪国の生活は厳しさだけでなく、たくさんの可能性があるということです。

雪に負けず、助け合いの精神を少しでも取り戻せたら、もっと楽しい冬になるのではないでしょうか?

さて、今日も除雪しながら、隣のおじいさんに声をかけてみませんか?

「雪かきしながら、午後は熱燗で一杯どう?」

なんて(青森の地酒美味しそう)

春になると雪は自然となくなるのです、税金はもっと大切なものを考えてはどうでしょうか?

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