『いくら貯めるか』を卒業した、大人のための『いくらでも流し続ける』ための仕組み
Last Updated on 2026年1月10日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます、室温15.2℃。
■ ゴールはある。でも見えない
人生には、たしかにゴールがある。
ただし、時間と場所は誰にも教えてもらえない。
携帯も地図もない。ナビもない。
あるのは「たぶんこの先だろう」という、老眼でうっすらとぼやけた感覚だけだ。
そんな見えないゴールに向かって生きているシニアたち、

生活資金だけは
「ここまであれば安心」
と決め打ちするのは、少し無理がある気がする。
そんなに人生は計算通りにいくなら、今ごろ私は
「安心」ではなく「アッパレ大富豪」になっている。
■ 生きている限り続くもの
そこで考えた。
生きている限り、無限に続く資産はないものか。
そう、それが国の制度である「年金」だ。
制度がどうだ、少ない、将来が不安だ、
言いたいことは山ほどあると思う。
だが、それでも
「息している限り振り込まれ続く」
この事実は、やはり安心感があり最強だ。
税金の話をする前に、
そもそも受け取る原資がなければ
払う税金も節税対策も始まらない。
「無い袖は振れない」が、「無い年金は、ただの年休」だ。
■ だから私は繰り下げる
私は、年金を繰り下げている。
理由は簡単だ。
毎月の安心感を、
できるだけ太く、長くしたいから。
「今もらったほうが得だよ」
「いつ死ぬかわからないよ」
そう言われることもある。
でも私は思う。
「明日死ぬかもしれないから今もらう」という人は、
明日死ななかったとき、どう責任を取ってくれるのか。
不安を抱えたまま100歳まで生きるより、
安心しながら「まだ死なないな、困ったな」と笑うほうが、
よほど「気楽でお得」な気がする。
徳を積むより、得を積みたい。

■ 今の生活は、貯蓄でいい
では、今の生活費はどうするのか。
答えは単純。
貯蓄で生活しよう。
どうせ貯蓄は、
天国へは持っていけない。
あの世の門番・閻魔大王は、
クレジットカードの決済端末を持っていないし、
PayPayのQRコードも貼っていない。
ましてや、Vポイントも付かないのだ。
お金は、この現実世界という「期間限定の遊園地」でしか使えない。
ならば、
今を支えるために使ってしまってもいいではないか。
「貯金」を「チョキン」と切り崩す。
それこそが、バカとはさみは使いようだ。
■ 短い人生でも、悪くない選択
たとえ人生が短かったとしても、
毎月入ってくるお金がある安心感は大きい。
夜中に目が覚めて、国が倒産して
「明日、円が紙屑になったら……」
などと、ありもしない「IF(もしも)」に震える必要もない。
この精神的コストが減るだけで、
将来の人生はずいぶん軽くなる。
心が「軽い」と、フットワークも「軽い」。
……おっと、これはダジャレになっていないか。
■ 朝のヒントとして
これが、誰にでも正解だという話ではない。
投資や保険の勧誘でもない。
あくまで、
朝のソイラテを飲みながら
「豆乳」に「投入」された一筋の光のような、
生きるヒントの一つだ。
「いくら貯めるか」より
「いくらでも流し続ける」

そんな視点で、
チョットだけ年金を見直してみてもいいのではないだろうか。
今日も健康で元気に生きている。
ならば、
今日の安心を、
まだちょっと少し先に回しておくのも悪くない。
よし、今日も一日、
切り札は使わずに、
ポケットの中で温めておこう。
それだけで、
ずいぶん余裕のある生活になるもんだ。


