タブレットがついにセット完了、準備OK
Last Updated on 2026年2月12日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます、室温16.1℃。
昨日は「暇会」メンバーで「やっちゃば」での飲み会、
たまにはみんなで外食もいいものです。
小学4年生のタブレット先輩
タブレットに疎い私は、最後は面倒になり、
LINEの同期やアウトルックのインストール、
Googleカレンダーの導入や、キーボードの日本語化まで、
すべて「小学4年生のタブレット先輩」アオ君に設定してもらった。

手つきもサクサク。
指は迷わず画面を滑り、
気がつくと私の知らない設定画面をもう開いている。
アプリも思い通りの場所にセット完了。
「じじ、これ使ってアプリ取るからね。覚えておいて」
Googleプレイを教えてくれる、完全に上司である。
やってもらっている時は分かる。
「なるほど、なるほど」とうなずく。
しかし翌日、自分でやろうとすると、もう分からない。
チンプンカンプン、それがシニアだと自覚。

昨日見たはずの画面が出てこない。
どこを押したのか思い出せない。
そもそも、何をやろうとしていたのかも怪しい。
やはり、毎日少しずつ覚えていくしかないのだろう。
一度に全部は無理だ。
スマホ、タブレット、パソコン。
同じような、やり方なんだろうけど微妙に違う。
面白いものだが、たまに人間の方がフリーズする。
教えられる
タブレットをいじりながら、ふと思った。
もしかすると、
孫に教えられることは、シニアにもあるのではないか。
操作やスピード、新機能は、完全に孫の操作が勝ちだ。

でも人生の「使い方」については、
こちらの方が長時間プレイしているから
- 失敗しても人生は終わらないこと。
- 選択を間違えても、あとから修正できること。
- 仕事は「向いているか」より「続くか」がやっぱり大事なこと。
- 人間関係は、無理なものは切ってもいいこと。
- お金は「増やす」より「減らさない」が正解なこと。
これは、マニュアルも動画も探しても載ってない。
実地で転び続けた者だけが知っている操作方法だ。(どうだ)
誰が先生
しかも面白いのは、この関係。
操作は孫が先生。
人生はジジーが先生。
でもお互い、
自分が先生だとは思っていない。
孫はただ普通にタブレットを触っているだけ。
私はただ普通に、毎日生きているだけ。
それなのに、
気がつくと、ちゃんと教え合っている気がする。
なんとかなるさ
最近の私はというと、
タブレットでフリーズしながら、
ブログを書き、動画を作り、
相変わらず新しいことに手を染めている。
たぶんこれ自体が、
一番の「無言の指導」なのだろう。
ジジーは完璧じゃない不完全人間。
すぐ分からなくなる。
でも、また覚えようとしている。
その姿を見て、
孫が将来こう思ってくれたら十分だ。

「年を取っても、フリーズはするけど、
電源は切らなくていいんだな」と。
人間、シャットダウンしなければ、
だいたい何とかなるもんだ。


