キュウリが300本採れると人は幸せなのか
Last Updated on 2026年6月9日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。室温25.1℃、昨日のジョグ薬(95/68/112)、朝一血圧(120/86/67)。
今朝、畑を歩いていて妙なことに気づいた。
報道はデメリットでできている
草が少ない。
いや、正確には少なすぎる。
春にはあれほど元気だった雑草たちが、なぜか今年はおとなしい。
もちろん私が草取りを頑張ったわけではない。
そこは誤解のないように申し上げておきたい。
減った。
ただそれだけなのに、私は少し不安になった。
いつもなら
「草が多い」
と文句を言う。
ところが減ると心配になる。
人間とはなんとも勝手な生き物である。
そういえば最近のニュースも似ている。
人口が減った。
子供が減った。
働く人が減った。
毎日のように流れてくる。
確かに困る話ではある。
だが、報道を見ていると、
どうも世の中は
「減る=悪いこと」
でできているような気がする。
でも本当にそうなのだろうか。
畑をやっていると、
そんな単純な話でもないように思えてくる。

減ると困ること
人口減少のニュースを見る。
2026年5月1日現在の総人口は約1億2,281万人で、
前年同月より約53万人減少している。
つまり、鳥取県まるごと人がいなくなったのだ。
だから働く人が減る。
税金を払う人も減る。
学校も空き教室が増える。
だから今は子供の代わりにシニア達が学校に通っている。
私もそのうち通知表をもらう年齢になったのかもしれない。
畑でも同じだ。
トマトが100個採れる予定だったのに50個しか採れなかったら困る。
サツマイモが半分しか収穫できなかったら泣きそうになる。
減ることには確かに痛みがある。
しかし増えすぎても困る
ところが畑は面白い。
増えれば増えたで別の問題が起きる。
キュウリが採れすぎる。
- 毎日キュウリ
- 朝もキュウリ
- 昼もキュウリ
近所へ配る。
それでもキュウリ。
冷蔵庫を開けてもキュウリ。
畑へ行ってもキュウリ。
そのうち戸籍謄本を取ったら親戚欄にキュウリと書いてあるのではないかと思った。
雑草も同じ。
増えすぎると野菜が負ける。
虫も同じ。
増えすぎると収穫どころではなくなる。
つまり、
増えることが必ずしも幸せではない。

自然はいつも調整している
Nikiファーム流自然循環農法を見ていると、
自然は増やすことだけを目指していない。
減らしもする。
増やしもする。
そのバランスを取ろうとしているように見える。
落ち葉は腐る。
微生物が増える。
増えた微生物はやがて減る。
テニス仲間のLINEグループも似ている。
増えたり減ったりを繰り返している。
ただし雑草ほど素直ではない。
人間社会だけが、
増えろ増えろと言い続けているようにも見える。
本当の問題は何か
人口減少そのものが問題なのだろうか。
私は少し違う気がする。
本当の問題は、
増える社会向けに作ったインフラ等の仕組みを、
減る社会でもそのまま使おうとしていることかもしれない。
私も若い頃のズボンをまだ取ってある。
しかし社会も私のお腹も、昔のサイズには戻らない。
畑でも同じだ。
雨が多い年と少ない年では育て方を変える。
暑い年と涼しい年でも変える。
変えなければ収穫できない。
社会も同じではないだろうか。
- 人口が増える時代の知恵
- 人口が減る時代の知恵
必要なのはその切り替えなのかもしれない。
それってAIは分かってくれるだろうか?
AIに聞いたら、
「人口減少にはメリットとデメリットがあります」
と100点満点の答えが返ってきた。
そうじゃない。
私が聞きたいのは、
「キュウリが300本採れた時の絶望感を君は知っているのか」
である。

気づき
きゅうりも年金もすべてにおいて、
- 豊作にも悩みがあり
- 不作にも悩みがある
人生も社会も畑も同じである。
大切なのは「増えるか減るか」ではなく、
その変化に合わせて知恵を出せるかどうか。
歳を重ねると分かる。
世の中は思ったほど単純ではないが、思ったより何とかなるものである。


