半年前の自分は、もう他人だった
Last Updated on 2026年6月2日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。室温26.0℃、朝の血圧(122/89/70)。
目 次
■ 6月である
昨日、自分の過去ブログをふらっと眺めて読んでいた。
とりあえず毎日書き続けていたことが分かる。
さかのぼるとタイムマシンのように記憶がよみがえる、私の頭脳。
まだ、インプットされている。
「今年の目標」を読み返してみた。
すると驚いた。
半分くらいしか経過してないのに、
忘れていたのである。
いや、
忘れたというより――
もう、
新たな別の人生が始まっていた。
人は半年で、
案外変わるものだ。
畑の作物が入れ替わるように、
頭の中の優先順位も、
静かに植え替わっていた。

■ 目標は忘れても、行動は覚えていた
しかし不思議なもので、
半年間の行動を見ると、
自分の本音が見えてくる。
今年の畑を見ると、
明らかにトマトに力を入れていた。
それは苗の本数でも明らかだ。
毎朝、
葉の色を見る。
脇芽を取る。
成長するたびに、吊り下げ栽培のクキタッチの位置を変える。
もはや、優秀な
Nikiファームのトマト管理官である。
逆に、
じゃが芋は前半は良かったが、今年も苦戦した。
キタアカリはまたもや、モザイク病が発生したのだ。
昨年に引き続き、連続不作。
ジャガイモ栽培は比較的簡単で、手入れはいらない。
だが、あそこの土壌は違う。
毎年、
「今年こそ!」
と思うのだが、
向こうは、
こちらの熱意をまったく評価していない。
もう、
片思いである。
その反面、
ニンニクはよくできた。
人生も畑も、
全部は当たらない。
一つ育てば、
まあ良しなのである。

■ シニアの健康管理は、機械との対話だった
健康管理は、
かなり順調だ。
血圧も安定。
ジョギングも継続。
だが、残念なことに三郷シティーマラソンは大雪で中止。
リベンジで
春日部大凧マラソンに挑戦した。
結果は、60歳以上の部で
144人中44位。
まあ良しとしよう。
若い頃なら、
上ばかり見ていた。
しかし今は違う。
「また秋に走ろう」
と思えたことのほうが大きい。
最近の私は、
朝起きると、ストレッチ後
まず室温を見て、血圧計に腕を差し出している。
完全に、
マイナンバーカードを病院の受付の機械に入れる老人である。
しかも、
血圧の数値が悪いと、
一日少しご機嫌斜め。
人間とは、
意外と単純らしい。
これは、おみくじとそっくりだ。
■ 気づけば、湯治場を巡っていた
3月から、
月1回の湯治場巡り。
- 箱根
- 福島
- 秩父
- 長野
最近は、
豪華ホテルより、
小さな温泉宿に落ち着く。
静かでウグイス張りの板廊下。
古い木の匂い。
少しぬるめの湯。
露天風呂で、
空を見ながら動かないおじいさん。
あれはたぶん、
“充電中”なのだと思う。
人は年を取ると、
刺激より、
回復を求め始めるらしい。
だが、私の体はそんなに簡単には回復しない。

■ 少しずつ、人生後半が動き出している
12月から、
保護司になる予定。
成年後見も、
話が少しずつ進んでいる。
まだ「待ち」も多い。
だが、
最近思う。
人生後半は、
無理に引っぱるより、
縁が来たら動くくらいが、
ちょうどいい。
畑も同じだ。
芽を引っぱっても、
早く伸びるわけではない。
ブドウ栽培も順調。
しかも、
種あり。
最近は、
薬剤など、便利すぎるものより、
少し手作業で不便なもののほうが体に残る。
種を出しながら食べる。
あれも悪くない。
レモンは今年は良さそうだ。
ミカンは裏年。
自然は、
毎年均等にはくれない。
だから人生は面白い。
■ 台湾は、まだ「予定」のまま
10月後半、台湾旅行が始まる。
台北から南へ下り高雄へ、そして東海岸の花蓮へ。
最後にまた台北へ戻る、台湾をぐるりと一周する旅だ。
飛行機はだいたい決まった。
時間帯も、泊まるホテルも、目星をつけた。
あとは出発の月日を決めて、できるだけ安い航空券とホテルを押さえるだけ。
骨格は、もうある。
台北はよくわかるが、高雄は少し違う。
南国の港町で、人がおおらかで夜が濃い。
さらに東へ向かうと、花蓮はまた別の顔を見せてくれるだろう。
太魯閣の深い渓谷、原住民の文化、素朴な食。
同じ台湾でも、空気が変わる。
10月後半を選んだのは理由がある。
台風が去り、暑さが和らぎ、歩き回るのにちょうどいい季節だ。
太魯閣の岩肌も、高雄の夜市も、涼しい風の中で楽しめる。
以前、「予定があるだけで、人は少し前を向ける」と書いた。
今はもう少し先まで見えている。
予定が少しずつ現実になっていく、その感覚が悪くない。
予約ボタンを押す日が、もうすぐそこまで来ている。

■ 気づき
普段のリズムから、
抜け出せないシニア諸君。
どうか、
少しだけでも、
自分中心に動いてほしい。
放っておくと、
- 病院。
- スーパー。
- テレビ。
- 昼寝。
- またスーパー。
人生が、
「曜日の繰り返し」
になっていく。
流れに流されていては、
三途の川も、
たぶん流される。
人生後半は――
「いつもの今日」
を少し壊した人から、
もう一度、
時間が動き始めるのかもしれない。

