昭和という落ち武者は、今日も通帳を守っている
Last Updated on 2026年2月1日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます、室温15.5℃。
目 次
昭和は、とっくに終わった。
平成も終わった。
令和になって、もう8年も経つ。
それなのに――
なぜか今も、家の引き出しの奥で
通帳だけが現役で生き残っている。
しかもこの通帳、
ただの紙束のくせに、

こちらの判断を静かに支配してくる。
年金の話になると、
私は自分でも不思議になる。
年金制度は調べた。
繰り下げ受給の計算もできて回答も知っている。
長生きリスクも、資産状況も、
一応、頭では理解している。
それなのに――
65歳の年金満額支給が近づくと、
体が勝手に役所の方向を向く。
理由は?
ない。
通帳がそう言っている気がする。
思い出すのは、昭和一桁の父母たちの暮らしだ。
あの先人たちは、
本当は「国」を信じていなかった。
- 「会社」も、
- 「制度」も、
いつ裏切られるかわからないと思っていた。
昔の社会党よりの考えだったのかもしれない。
でも、不思議なことに
現金だけは信じていた。
- 米は配給。
- 電気は止まる。
- 汽車は来ない。
でも、日銀が発行した現金は最後まで握りしめる。
通帳は、
お金の記録ではない。
生存の証明書だった。

体現で知る
その横で育った私たち。
戦争は知らない。
でも、その不安は知っている。
理由は説明できないが、
「何かあったら困る」という感覚だけは
妙に体に染みついている。
だから年金と食の話になると、
こうなる。
- 「早くもらっておこう」
- 「早く食べておこう」
- 「もらえるうちにもらわないと」
- 「食べれるかわからない」
……どうなるかわからない理由は、
誰も説明できない。
説明できないけど、落ち着く。
学生運動の団塊世代が加わると、
さらに話は面白くなる。
- 制度は疑う。
- 国も信用しない。
- でも、損はしたくない。
結果――
年金を早くもらい、使わずに貯める。
これ、よく考えると、
何のための年金かわからない。
- 老後のため?・・・すでに老後。
- 安心のため?・・・使わないのに?
でも本人は安心して満足している。
なぜなら――
年金の支給で、2か月ごとに通帳の残高が増えているから。

これが私たちの「推し活」
合理的じゃない。
損得で言えば負けている。
でもいいんです。
「使わないお金」を「通帳」で眺めてニヤリとする。
これはもはや、昭和世代に許された究極の趣味・娯楽、
すなわち
「通帳推し活」
なのですから。
ここで重要なことを言っておく。
これは思想でも、信条でもない。
誰かに教わったわけでもない。
生活のクセだ。
歯磨きの順番を変えると
落ち着かないのと同じ。

理屈じゃない。
体がかってに反応する。
「将来増えますよ」と言われても、
体が反射的に言う。
「もらえるうちに、今もらっておけ」
だから、年金を65歳でもらった人。
それは
- 失敗ではない。
- 合理的でない。
- 最適解でない。
それは、
「昭和魂」
がちゃんと伝達された証拠だ。
こういう人に何度正しい話を説明しても、頭で理解してもらっても
反射なので、正しく行動することはできない。
なので、わたしはそっと眺めている。
昭和は終わった。
高度成長も終わった。
終身雇用も終わった。
カセットテープも、テレビも、電話ボックスも終わった。

それでも――
通帳だけは、
今も数字を記載し、黙々と働いている。
文句も言わず、
感情も出さず、
ただ数字で安心をくれる。
AIの時代になっても、
キャッシュレスが進んでも、
この紙の束には、しばらく勝てそうにない。
昭和は終わったはずなのに、
通帳だけは、まだ現役だ。
たぶんこれからも、
年金と一緒に、
私たちの体のどこかで生き続ける。
朝このブログを読んで、
「わかる」と笑ったなら、
はい、あなたは「昭和確定」です。
今日も通帳は元気です。
そして、あなたも。


