都内マンションは誰が住んでいるのか――実は人じゃなかった話
Last Updated on 2025年12月21日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。 室温19.2℃。
年末になって、ガソリンの値段がちょっと下がりましたが、まだまだお米の値段はさがりませんね。
日銀は存在感を示していますが、国民のためでしょうか・・・
着実一歩
目 次
都内マンションは誰が住んでいるのか――値段に振り回されない練習――
最近、世の中を見ていて不思議に思うことがある。
お米は
「足りない」「もう下がらない」と言われていたのに、
新米が出て、みんなが買い控えた途端、
あれ? 値段が下がり始めた。
一方で――
都内の高層マンション。
人口は減っている。
若者は地方へ、あるいは賃貸へ。
それなのに、
なぜか値段は右肩上がり。
今日はこの二つを、同じテーブルに並べてみたい。

お米の正体
まずお米。
実際のところ、余っているのか、少ないのか。
正直言うと、
それほど重要ではない。
重要なのは、
- 高くても買う人がいるか
- 高すぎて手が止まるか
たったそれだけ。
「高いけど仕方ない」と思えば売れる。
「いや、ちょっと待とう」と思われた瞬間、倉庫にお米が積み上がる。
するとどうなるか。
値段は、空気を読んで下がる。
お米は正直だ。
都内高層マンションの正体
では、マンションはどうか。
こちらはもっと正直ではない。
住む人が増えた?
いいえ。
子どもが増えた?
いいえ。
なのに値段は上がる。
なぜか。
住んでいるのが、人ではないから。
今、都内高層マンションに住んでいるのは、
- 行き場を失ったお金
- 置き場所を探す資産
- インフレが怖い人の不安
つまり、
人間ではなく、お金。

夜、灯りが少ない高層マンションを見ると、
「ああ、今日もお金だけが帰宅しているな」
と思えてくる。
同じ「値段」でも、まったく違う
ここが面白いところ。
お米
→ 食べなければ意味がない
→ 高ければ買わない
→ 値段は下がる
マンション
→ 住まなくても意味がある
→ 高いほど安心
→ 値段は上がる
どちらも
モノの数ではなく、人の気分で値段が決まる。
政府はお金を捨てたいが、捨てられない
ここに政府が登場する。
景気を回すために税金で吸い上げ、お金を使いたい。

だが今のお金は、
- 電子マネー
- 振込
- ポイント
絶対に消えない。
捨てたはずのお金は、きれいに回収され、
またどこかに積み上がる。
結果――
- 食べるお米は値段に敏感
- 置くだけのマンションは値段に鈍感
という、ちょっと間抜けで、でも現実的な国ができあがる。
じゃあ、私たちはどう生きる?
ここで深呼吸。
お米が上がっても、下がっても、
マンションが上がり続けても、
庶民ができることは一つ。
- 右往左往しない
- 不安を買わない
- 無理に踊らない
そして、
ホドホドで生きる。
腹八分目。
財布も八分目。欲も八分目。

結論
値段は、余っているとか少ないとか言うより、
「みんなの気分」で決まる。
だから一番強いのは、
値段に振り回されない人だ。
お米はちゃんと食べ、
マンションの値段は眺めるだけ。
今日も元気に歩けて、よく眠れて、笑えたら――
それが、この国で
いちばんコスパのいい暮らし方なのかもしれない。


