熊が視聴率独占しているが、クマが絶滅すると人間は困るのか?
Last Updated on 2025年12月11日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。
朝一血圧(134/98/67)
熊による死亡者数は交通事故と比べると、けた違いに少ないが報道のありかたは少し異常ではないだろうか。
目 次

熊にはくまった
―自然と人間とエゴの朝散歩―
寒い朝の散歩中、ふと
「九州にクマがいなくなって40年以上だけど、誰か今困ってるんだろうか?」
と考えてみた。
…いや、正直、困ってない。
九州の山々は、今日も静かで、山ではハイキング客も安心して歩ける。
人里に下りてくるクマを警戒する必要もない。
ても、クマがいなくなったと聞くと、なぜか人間は急にセンチメンタルになる。
同じ大分県の港では大火災が広がり、古い木造の港町が一夜にして火の海。
いよいよ師走という時期に、港町・大分で胸の痛む火災が起きた。
🐾「自然はそのままに」が好きなクセに、いなくなったら寂しい
人間って面白い。
「自然を守れ!」
って言いながら、
動物が“自然に”いなくなると、「えっ、戻ってきてよ」って言う。
もうこれは、
昔の恋人には別れを切り出したのに、
いざ本当に去られたら「やっぱりそばにいてほしかった」
と言い始める人間のワガママと同じ構造です。
そしてさらに面白いのは、
クマが人里に現れると、
「来るな!」
と鉄砲もって怒る。
なのに絶滅すると
「自然のバランスが…」
「昔の九州にはツキノワグマが…」
と急に語りたくなる。
どっちが本音なんだ。
🐻クマ本人(?)からすれば…
もしクマにインタビューできたら、きっとこう言うでしょう。
「いやいや、えさ探しまわって、やっと柿木みつけて食べていたら、まわりが騒がしくて、何も言ってないのに『保護します』とか勝手に鉄砲撃たれて…」
クマ、正論。
🏞生態系ってもっと“ゆるいもの”
人間は、
生態系=精密機械
みたいに考えがちですが、
本当はもっと「あいまい」で「変化に強い」ものです。
- 強い種も滅ぶ
- 弱い種が突然増える
- 環境が変わればまるっと姿を変えていく
それが本来の“自然”であって、
生き残るかどうかは、ただの結果論。
九州のクマも、自然の流れの中で「いなくなった」。
それは悲しいけど、同時に“自然そのもの”でもある。
熊のいない九州の森は変わってしまったか・・・
🧘♂️でも人間は「自然の結果」が好きじゃない
ここが最大の人間エゴ。
人間は、本音ではこう思っている。
- 自然は自然のままでいてほしい(ただし、人間に危害を加えない範囲で)
- 生物多様性は守ってほしい(ただし、面倒は見ないでほしい)
- 絶滅は困る(ただし、出てきたら困る)
いや、どうなっちゅうねん。
🐻💬クマをかわいく、でも現実的に見よう
クマ問題で大切なのは、“クマを悪者にしないこと”
でも
“神聖化もしないこと”。
クマはクマ。
腹減ったら食べるし、冬は冬眠するし、木の上でぼんやりもする。
それだけの存在。
その“ただそこにいる”という姿こそ、実は人間が一番羨ましいのかもしれない。
AIだのSNSだので脳みそフル回転の現代人に比べたら、
クマのほうがよっぽどミニマリストでエコ。
まとめゆる哲学
自然に手を加えすぎるのもエゴ。
守りすぎるのもエゴ。
絶滅を嘆くのも、結局は人間の心の物語
自然は、人間の感情や手助けとは関係なく淡々と変化し続ける。
だからこそ、クマがいてもいいし、いなくてもいい。
それが自然なのだ。
そして人間は、その自然に文句を言いながら、今日もスーパーで高い米と、味噌と牛乳を買うわけです。





