「その火、大丈夫ですか?」――他山の石では済まされない話
Last Updated on 2026年4月15日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。室温22.5℃、朝一血圧(134/106/77)。
目 次
【また煙が上がっている】
畑に行くと、
少し離れた区画から、また煙が上がってるのに、あの人はいない。
「ああ、またか…」
そう思った瞬間、
以前の出来事が頭をよぎります。

【あの日の爆発】
火の勢いが強くなり、
隣に置いてあった他人の長靴などが溶けてしまったあの日。
さらに――
小屋にあったガスボンベに引火し、
爆発まで起きた事件のことだ。
しかもその時、本人は帰宅していてその場におらず、
火をつけたまま消えると思い帰ったのだ。
【「畑だから大丈夫」という錯覚】
風が吹けば、火は生き物のように広がります。
回りは田だし、畑だから大丈夫、
少しくらいなら平気――
そんな感覚が、一瞬で現実を壊します。
【これは犯罪行為です】
ここで、はっきり言っておきたいことがあります。
これは「気をつけましょう」というレベルの話ではありません。
👉 明確に、法律に触れる行為です。
日本では、野焼きは原則として禁止されています。
吉川市でも同じことだ。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律 により、
ドラム缶や一斗缶での焼却も、基本的には認められていません。
つまり――
「知らなかった」では済まされない世界です。
その結果、消防署からの呼び出しで始末書を書いたのだ。

【なぜ人は繰り返すのか】
それでも人は、なぜ繰り返すのだろうか。
一度うまくいった経験。
自分は大丈夫だという思い込み。
そして、長年の習慣と慣習。
さらに、このじーさん。
早朝、団地のゴミ捨て場を回り、
使えそうな木材や家具を拾ってくる。
それ自体は、ある意味で
「もったいない精神」なのかもしれません。
ですが――
それを畑で燃やすとなると、話は別です。
【火は人を選ばない】
火は、人を選びません。
経験も年齢も関係なく、
一度暴れ出せば、すべてを巻き込みます。
火は「消して終わり」ではなく、「確認して終わり」。
【私のルール】
私は薪ストーブを購入して使っています。
畑で出た枝や木を燃やすこともありますが、
そのたびに必ずやることがあります。
👉 火の後始末です。
燃やして終わり、ではありません。
完全に火が消えたことを確認して、
さらに水をかけて、もう一度確かめてから、その場を離れます。
正直、手間です。
ですが――
火というものは、「大丈夫だろう」が一番危ない。
だからこそ、私は決めています。
👉 火は、灰を処分して“見届けて終わり”。
これが最低限のルールです。
火は「終わった」と思った瞬間が一番危ない
【本当に怖いのはその後】
火は不思議なものです。
目に見える炎が消えると、
人はつい「もう大丈夫だ」と思ってしまう。
ですが、本当に怖いのはその後です。
【種火が一番危ない】
種火の状態でも、煙が出ているうちは、
👉 いつ大火になるかわかりません。
風が吹けば、火の粉は舞い上がり、
数十メートル先へ飛んでいくこともあります。
そして、思いもよらない場所に燃え移る。

【経験しているからこそ分かる】
これは知識ではなく、経験の話です。
👉 私自身、前職で火災の悲惨な経験をしてきました。
だからこそ分かります。
火は「小さいから大丈夫」ではなく、
👉 「小さいうちにこそ、徹底して消すべきもの」
だということを。
【他人事ではない】
「他山の石」という言葉がありますが、
この話は、もはや他人事ではありません。
むしろ――
👉 すぐ隣で起きている現実です。
【最後に】
火は人が発見した便利なものですが、
扱いを間違えれば、ただの凶器になります。
今日も畑でコーヒーを沸かしながら、
静かにそう思いました。


