北海道人が感じた関東の不思議な食べ物、それが何じゃもんじゃ

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Last Updated on 2026年2月3日 by 管理者 Nikifarm

おはようございます、室温16.5℃。

北海道民、月島もんじゃに遭難する

北海道から大学進学で関東に出てきたときの話だ。

ある日、東京出身の友人が言った。

「月島のもんじゃ、行こうぜ!」

月島。
名前からしてすでに怪しい。
島なのか? 月なのか? どっちなんだ。

初対面の衝撃

店に入ると、鉄板があり、キャベツがあり、謎の液体にそれが入っている。

友人が手慣れた様子で具を鉄板にならべ、刻んで丸くする。

「まず土手を作って…」

土手?石狩川の堤防のことか。

私は北海道旭川市の花咲町で育った人間である。
土手といえば、スキーをしたり、そりで滑ったり転げまわって遊んだ場所だ。

食べ物ではない。

これは食べ物なのか問題

そして現れたのが、例のアレだ。

とろとろの茶褐色の液体。
土手の真ん中に氾濫しないように投入。

ぐつグツぐつ。

そして、しばらくしたら結局全部まぜるのだ。

正直に思った、土手はなに?
最初から混ぜておけばよくない。

「これ、食べ物なのか?」
「いや、さっきトイレで見た光景となぜか似ている」

臭いはないが、見ためがまずそうで、やばい。

食べ方が野生すぎる

友人は小さなヘラを渡してきた。

「これで直接すくって食べるんだよ」

鉄板から直接?
皿も使わない?
野生か?

北海道では、
野生のホタテでも貝の皿付きだ。

味の正直な感想

恐る恐るへらですくい口に。

味は…

まずくはない。
しかし、うまいというほどでもない。

脳内評価はこうだ。

「まずくはないが、中途半端な硬さ
あえてこれをみんなですくう理由はどこにあるのか?」

北海道には

  • ジンギスカン
  • 焼肉
  • 寿司
  • ラーメン

という「食の四天王」がいる。

その世界から来た人間にとって、
キャベツ・水・ソース・鉄板どろどろは
ジャンル不明の存在だった。

それでも私は年に数回食べている

あれだけ文句を言っておきながら、
不思議なことに今でも、年に数回もんじゃ焼きを食べている。

誘われれば行くし、

そして毎回やることは同じ。

ヘラで鉄板にへばりついた物をそいで、

ふうふうしながら
「あちっ」と言って食べる。

…のだが。

毎回、心の奥で同じ感想が浮かぶ。

「うーん……やっぱり、これは
美味しいとは思えないな。」

関東だけで成り立つ商売で、他県では流行らない。

その理由は、他県にはもんじゃ焼きの店がない。

もんじゃ最大の謎

なぜ私は、

何度食べても感動しないのに
また行ってしまうのか?

もんじゃを食べながら、
必ず脳内でこう比較してしまうからだ。

「これ、もんじゃ食べずにお好み焼きでよくない?」

同じ粉。
同じキャベツ。
同じソース。

なのに

お好み焼き → ふっくら完成形
もんじゃ → 解体途中のような状態のまま

北海道民の感覚では、

「わざわざ未完成品を食べている感じ」

それなのに、なぜ食べに行くのか?
その理由は一つしかない。

もんじゃは料理ではなく“場”である

ここまで考えて、ようやく気づいた。

もんじゃは美味しい料理ではない。
これは関東圏の儀式だ。

みんなで鉄板を囲み、
へらでそぎ
ビールを飲み、
全員で「これうまいのか?」と首をかしげる。

つまり結局、

仲間としゃべりながら、へらを出して
お酒がすすむなら
正直、なんでもいい

これが真理である。

北海道民の最終結論

私はこれからも、
たぶん年に数回もんじゃ焼きを食べ続けるのだろう。

しかし、誘われれば行くが、自分で行くことは無い。

そして毎回、同じことを言う。

「まずくはない。
でも……お好み焼きでよくない?」

もんじゃ焼きとは、
味ではなく人間関係で成立する料理なのだ。

こんな意味不明の料理が、各地にも存在するのかもしれない。

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