白い足が背負った人生の重み 「私の事件簿 №1」(ノンフィクション)
Last Updated on 2025年6月13日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます![]()
昨日は1日中畑で過していた、そろそろズッキーニの収穫がはじまり楽しみが増えている。
目 次

紙(神)一重
朝のひととき
私が、いまから10数年ほど前に勤務していた、ある美しい島の出来事である。
いつものように、朝一番に出勤して、昨日の宿直当番員と雑談をしながら、当直員たちと朝食を一緒に食べていた。
近所の民宿から差し入れされた、魚のアラの味噌汁にご飯と、昨晩当直で食べた残りのお刺身の漬けであった。
今考えると、贅沢なものを朝から食べていたものだ。
不穏な知らせ
自分の席に座り、それぞれの係ごとに入れられた決裁の茶箱を眺めながら
印鑑を押そうか、それとも新聞を読もうか
と思った瞬間である。
リモコン室から
「有線で、人の足が海面に浮いているということです。」
朝から、何寝ぼけたことを言っているんだ。
第一、足が海面からどのようにしたら浮いているというのだ。
逆立ちして潜っているならいざしらず、人の足が浮いているはずがないだろう。
そう思いながらも、いちおうそこは基本に忠実な私は
この島の死体は私が行くしかないだろうと思い、パトカーに飛び乗った。
そして、現場の管轄である駐在にも連絡してすぐに行くように指示をした。
島の道を駆ける
パトカーに乗車した私は、もちろん緊急走行するのだが
島はいつでも緊急走行並みのスピードで走っているので、サイレンと赤色灯をつけているか否かの違いである。
なにせ、幹線道路といえば、島を一周している道路1本しかない。
しかも、信号機はその道路上に6つしかないのだ。
それ以外の道路は入り組んでいる迷路状態で、30キロも出せない。
その海岸担当の駐在員は30代で、レスキューの資格者、さらにスキューバーダイビングのライセンスももっている、剣道も強い頼もしい勤務員だ。
数か月前に子供が生まれたばかりで、内地の実家から親子ともども戻ってきたばかり、毎日楽しい家庭生活をしている。
〇田港に着いた私は、海水浴場の見下ろせる位置から足がある方を眺めてみた。
白い足の正体
〇〇〇浜海水浴場には早朝とあって、旅行客が数人散歩していた。
海を眺めると、そこは湾のようになっており、200メートル先の正面にテトラポットが並んで波を消している。
右側は、断崖絶壁の岩山がそびえている。
左側は岸壁のコンクリート塀がテトラポットまでつづいており、その内側が
海水浴場となっているのだ。
海水浴期間だけ、中央に、遊ぶ用の大きな浮島を浮かべてある。
穏やかに砂浜に波打つ音が聞こえるが、それとは裏腹に断崖絶壁の下になにやら白い棒のようなものが肉眼で確かに見える。
私の場所から約120メートル。
肉眼では足のような、しかし棒のようにも見えなくもないと心の中で唱える。
さっそく、双眼鏡でのぞいてみた。
確かに靴をはいた白い棒。
いや、
足が見える。
しかも白色のハイヒールを履いたままだ。
自殺するのに靴をはいたままなはずはない。
これはマネキンだな。
そう、自分に納得させ少し安堵感があった。
だが、死体だとしたら?
もしも、死体ならこれから続く長い道のりが私の頭をよぎるのだ。
まずは、事件性の判断、事件なら内地から捜査員の応援をもらう必要がある。
事件でなく、自殺でも、まず身元を判明させ、それと同時に検視活動、。
そして死因の判明、おそらく水死だから内地で司法解剖になるだろう。
その段取りのため、遺体と捜査員を出張させるため船の手配も必要だ。
それはいつものことだから、流れにそってやればいい。
問題は内地の家族、親族に連絡しなくてはいけないことだ。
これはいつものことといい、気が重い。
そう、頭の中で色々な場合を想定しながら、祈るように眺めていた。
私は祈ることと、眺めるしか今はできない。
海面ではそんなことも知らず、釣りのウキのように白いハイヒールが上下しているのだ。
沈んだり、浮きあがったり妙な動きだが、観察していると波の動きと共に動いている。
マネキンの足が、こんなところに流れ着くはずもなく、でも人間なら足が海面から出ていることもないだろう。
悩んでいてもしょうがない、今私はあそこまで泳いで物体を連れ帰ることもできない。
駆けつけた駐在員
すぐに、駐在員に潜る準備をしてきてと頼んだ。
駐在員はすぐに家にもどり
ウエットスーツにマスク、スノーケル、フィン、水中カメラを装着してきた
来るや否や、夏とはいへ、早朝の冷たい海にもかかわらず迷わず入っていった。
岸壁の下は岩礁地帯でところどころ岩肌が見える
この辺は
離岸流(りがんりゅう、海岸から沖に向かって流れる速い流れ)
が発生していることから、潮の流れで沖に運ばれやすく危険なのだ。
しかし、なぜあの物体が沖に運ばれずにあそこにとどまっているのか、不思議でしょうがない。
本来なら沖に流れていき、海の一物体として、自然に蘇るはずなのに。
ふと、そんなことを考えながら、あそこに物体がとどまることも私には理解不可能であった。
あそこに魚網があることもなく、岩場に手でもひかかってしまったのだろうか?
海面下のことは、どうなっているのか潜っている駐在員にしか分からないのだ。
駐在員はドルフィンもつけているので、あっという間に現場に到着した。
〇のサイン
そして、現場に到着するとすぐに私に向かって
海面から首を出し、両手で大きな〇を作ってサインを送ってきた。
うーーーーん
どっちだ?
私からすると、マネキンであってほしかった。
だが、その〇と、駐在員の顔は間違いなく
「人だ」
と告げているのだ。
背負った重み
海岸まで運ばれた死体は
まだそんな時間も経過していない状態だった。
顔や体が無数の傷だらけである、おそらく海中で潮の流れや、波にもまれて海中の岩にぶつかってできたのだろう。
海中内の様子は動画で撮影され、海岸に運ばれた様子は、写真撮影も終えていた。
次に、遺体袋に収めて本署に運ぶ手配をした。
駐在員の話では、海中内では
遺体はリュックサックを背負っており、その状態でリュックが頭の下で錘のようになって逆さまになっていた
という。
確かに、背負っていたリュックサックはまるで金の延べ棒か、鉛でも入っているようにずっしりと重いのだ。
すぐに、リュックサックを開けてみると
おどろいたことに
中に入っていたのは、金の延べ棒ではなく木で作られた
大きな位牌
の山である。
一個、二個・・・・・八個
しかも、どの位牌も海水を吸って、ひとつづがその人の人生を背負っているかのように重かった。
その位牌が、この人をあそこに留め、流されていくのを止めていたのだ。
残された手紙
さらにリュックサックの中には、濡れないようにビニール袋に入った遺書もあった。
内地から数日前に島に来て、病気を苦にしての自殺であった。
かつてこの島を訪れたことがあり、とても気に入り、入院中にもう一度行きたいと語っていたと、親族が後から話してくれた。
その人は、先祖代々の位牌とともに、この美しい島からあの世へ旅立っていったのだ。
人生の重み
私は40年間、世間が見たくない、できれば隠したい部分を多く見てしまう仕事をしてきた。
そんな仕事を通して思うことは、どんなに辛い病気や苦しみがあっても、最後まで生き抜くことこそが、人間の本来あるべき姿ではないだろうかとつくづく思うのだ。
意外に思うかもしれないが、
「自分は独りぼっちだ」
と感じていても、実は多くの人がその人を気にかけている。
親子、親族、友人、同級生、仲間——あなたの人生の回りには、そんな人たちが必ずいるのだ。
だから、どうかどんなことがあっても最後の最後まで生き抜いてほしい。
あなたの人生が、多くの人にとってとても大切なものなのだから。






