日本はいつからババ抜きになったのか?
Last Updated on 2026年5月17日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。室温24.1℃、朝の血圧(114/88/71)。
昨日は友人宅でBBQ、11時半~17時まで飲み続けしゃべりつくした1日だった。
目 次
■ 米と米国
朝、パンを焼いていた。
するとニュースでは、
「米不足」
「米高騰」
「米が中国へ」
と騒いでいる。
私はトーストをかじりながら、
ふと思った。
――今、困っている“米”は、
お米なのか、
米国なのか。
だんだん分からなくなってきたのである。

■ 私はそこまで米派ではない
実は私は、
昔からそこまでお米に執着がない。
もちろん、
カレーなら必ずお米にかけて食べる。
丼ものも米は必要だ。
しかし普段は、
夕飯はおかずだけで済むことも多い。(晩酌は止めた)
朝はパン。
昼は麺。
だから、
「米がないと生きていけない!」
というタイプではない。
どちらかと言えば、
パン派といった方がいいだろう。
しかし日本は、
どうも“米”に振り回されやすい国らしい。
■ 去年は不足、今年は余る
つい先日までは大騒ぎだった。
スーパーから米が消えた。
「一家族一点まで、外国米もある」
そんな札が並び、
値段も倍に上がった。
テレビは毎日、
「米不足!」
「農水大臣の出ない日はない」
まるで日本から米が絶滅するような勢いだった。
ところが今年になると、
今度は
「米が余るかもしれない」
と言い始めたのだ。
農家は大変困っている。
たった一年でジェットコースターである。
田んぼは遊園地ではない。
ボタン一つで増産できない。
稲は、
観光地ではなく、
泥と水の中で育つのである。
なのに毎回、
足りない!
急げ!
余った!
止めろ!
――まるで居酒屋の発注ミスみたいになっている。
沖縄のジェラシックパークか?

■ 日本全体でババ抜き
最近の日本を見ていると、
国全体でババ抜きをしているように見える。
誰が最後に、
困る札を引くのか。
そのババが、
- 農家へ回り
- 消費者へ回り
- 店へ回り
- 企業へ回る
そして誰も、
「自分がババを持ちます」
とは言わない。
とりあえず、
隣へ回す。
なんとなくだまって、見知らぬふりして回す。
そのうち誰かが泣く。
報道はそれを鷹の目で見ながら見物している。
最近の社会は、
すべてこれが多い。
石油が足りなく、なぜか関係のない企業が値上げ。
なかにはつながりがなくても、屁理屈値上げもある。
■ 海外から飛んでくるババ
しかも最近は、
海外からもトランプの札が飛んでくる。
- アメリカの関税問題
- 株価
- 為替
そして、
Donald Trump氏の発言。
私は動物園の池でアヒルが口を開けて叫んでいるように思う。
何か鳴くたび、周りの園児達が動く、
動物園がザワつく。
昔の動物園は、
もう少し鈍感だった気がする。
良く言えば、
どっしりしていた。
悪く言えば、
動かなかった。
しかし今は違う。
外から風が吹くたび、
旗がパタパタ動く。
- パンダも
- 米の値段も
- 株も
- 関税も
全部が短期勝負である。
まるで国全体が、
デイトレーダーになったみたいだ。

■ 食べ物まで市場ゲーム
本来、
食べ物というのは、
もっと静かな存在だった。
豊作ならありがたい。
不作なら工夫する。
近所で融通する。
昔は、
そういう空気があった。
ところが今は、
- 「不足だ!」
- 「余るぞ!」
- 「価格高騰!」
- 「緊急輸入!」
毎日、
市場ニュースである。
そのうち、
「本日の米先物」
とか出そうで怖い。
いや、
もうあるのかもしれない。
畑で稲が育つ前に、
人間の不安だけが先に育っている。
■ 消費税だけは慎重
こういう時、
いつも思う。
消費税である。
景気が悪くなると、
「食料品は0%へ減税しろ」
という声が出る。
すると必ず、
- 「システム変更が大変」
- 「レジ対応が難しい」
- 「現場が混乱する」
と始まる。
なるほど、それも分かる。
しかし、
税率を上げた時は、驚くほど速かった。
8%。
10%。
あの時は全国で、
値札を張り替え、
レジを変え、
みんな必死だった。
「大変だから延期しよう」
という空気は、
あまり強くなかった気がする。
ところが下げる話になると、
急に慎重になる。
人間、
一度入った収入は、
なかなか手放したくない。
それは家庭でも同じだ。
私も一度、
高いスマートウォッチに慣れたら、
なかなか元へ戻れなかった。
しかし結局、
時計はゴミカゴ行きだった。

■ 真面目なのに全体が見えない
日本人は真面目だ。
- 農家も頑張る
- 店も頑張る
- 企業も頑張る
- 役所も、たぶん頑張っている
しかし、
全体を見る人がいない。
だから毎回、
- 急げ!
- 待て!
- 足りない!
- 余った!
――を繰り返す。
- 現場は疲れる。
- 畑も疲れる。
- 人間も疲れる。
Nikiファームの野菜を見ていると、
自然はそんなに慌てていない。
きゅうりは、SNSを見ない。
ナスも、株価で育たない。
トマトは、関税会議に出席しない。
それでも、
ちゃんと自然に赤く、みずみずしく実る。
人間だけが、
毎日「一喜一憂、右往左往」している。
■ 最後に
朝、
パンを食べながらネットニュースを見る。
すると最近は、
どの話もババ抜きに見える。
最後に困る札を、
誰に押しつけるのか。
- 米不足。
- 米余り。
- 米イ戦争。
- 米国問題。
“米”に振り回される国、日本。
しかし本当に不足しているのは、
お米ではなく――
結局――
誰がジョーカーを持っているのかより、
“誰も責任を持ちたがらない”
ことだ、
まるで「トランプゲーム」なのだ。
■ 気づき
人間に本当に必要なのは、
「早く反応する能力」
より、
「慌てず全体を見る力」
なのかもしれない。
誰かを悪者にして終わるのではなく、
この仕組みは、
本当に人を幸せにしているのか?
その問いを、
少し長い時間で考えること。
それが、
これからの時代の“知性”なのだと思う。
そして人生も、
たぶん同じだ。
- 勝つことより、
- 奪うことより、
- 逃げ切ることより、
最後に、
「自分はどこまで支える側でいられたか」
の方が、
人間としての満足感に近い。
畑の土も人生も、
そんなに急いで答えを出すものではない。


