疲れの原因について考えてみたら、案外疲れてなかった話
Last Updated on 2026年3月16日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます、室温18.6℃。血圧(137/96/64)、3㌔(1㌔10分)健保薬(127/88/68)。
目 次
1. シニアのみなさま
朝のコーヒーを片手に、ふと思いました。
「疲れって、本当にあるのだろうか?」と。
昨日は重い荷物を持ったし、寝不足で階段は鉛のよう。
これは誰でも分かります。
体の筋肉の疲れです。
休めば回復するし、筋肉も神経も素直なので、
「疲れた?」と聞けば「はい」と答えてくれます。
でも、問題は心の疲れです。

2. 走ってもないのに疲れる?
走ってない、荷物も持っていないのに「疲れた…」と感じること、ありませんか?
私もあります。
脳は休めば回復しているはずなのに、
心の中の「疲れ信号」は消えない。
よくよく考えると、これは脳が勝手に作り出した幻かもしれません。
つまり、疲れなんて、実は存在しないのです。
私たち人間は、自分で都合よく疲れを生み出しているだけなのです。
3. 面倒くさいことが化ける
さらに気づいたのは、
疲れの正体の多くは「面倒くさいこと」だった、ということ。
- 「あの書類、また書かなくちゃ…」
- 「この人との話、ちょっと気が重いな…」
- 「朝ご飯作るの、もう面倒だ…」
- 「宿題あるんだった」
これ、実際には疲れていないのに、
脳が「疲れ」として信号を出しているだけ。
面倒が疲れに化ける、まさに魔法のような幻覚です。
4. 脳は便利な言い訳マシン
この「疲れ信号」、よくできてます。
- 疲れたと言えば、休む理由になる
- 疲れたと言えば、誰かが慰めてくれる
- 疲れたと言えば、自分を甘やかす言い訳になる
- 疲れたと言えば、甘いもの食べれる
ちょっと笑えませんか?
「おお、私の脳ったらまたやってる!」と、
朝のソイラテ片手に思わず笑ってしまいます。

5. 疲れない瞬間もある
ここで、私が最近体験した衝撃の事実。
畑仕事をしても、朝ブログを書いても、手足はフル回転。
筋肉痛があっても、心は全く「疲れた」と感じません。
- 手足は動く
- 脳は情報処理フル回転
- 筋肉は筋肉痛
- 心は爽快
- おもしろいのだ
この状態こそ、疲れが幻であることの証明です。
脳が「面倒→疲れ」に変換していない限り、
どれだけ働いても本当の疲れは存在しません。
特に、遊んでおもしろい時は疲れないのです。

6. じゃあどう付き合う?
シニアの長い人生経験から言えば、
疲れの幻と面倒の化け物に怯える必要はありません。
- 笑う
脳は笑うと「あれ、別の信号か?」と勘違いします。 - 散歩や深呼吸
外の空気や軽い運動で、脳は「休み中」と錯覚してくれます。 - 受け止める
「疲れた自分」を否定せず、「よくやってるね」と声をかけるだけでも気分が軽くなります。 - 遊び
同じ行動でも、「遊んでおもしろい」と、疲れはないんです。
7. 結論:疲れは幻、面倒が変身しただけ
- 肉体の疲れは本物 → 休めば回復
- 心の疲れは脳の幻 → 実際には存在しない
- 幻の正体は「面倒くさいこと」 → 脳の演出
今日からこう思いましょう。
「ああ、私が疲れたと思ってるのは、ただの面倒ごとが幻に変身しているだけか…」
畑仕事をしてもブログを書いても、
コーヒーを片手に笑うだけで、疲れの幻も少し笑えて、心が軽やか。

8. おまけの笑い話
私なんて、畑を耕している時も「うわ、疲れるな」と言いながら、
実際には肉体だけで、疲れていない。
脳が「面倒→疲れ」に変換しているだけ。
だから畑仕事の後には「私、疲れたわ~」
と勝手に言って、自分を褒めてあげます。
そう言うと、私の脳は大喜びでワクワクしてます。


