髪を捨てたら、人生も軽くなった
Last Updated on 2026年4月12日 by 管理者 Nikifarm
おはようございます。室温22.6℃、朝一血圧(136/97/77)。
目 次
■ 退職、そして個人事業主へ
退職して、しばらく経った。
そして5年間の再就職。
さらにその後――個人事業主になった。
その頃、私はふと気づいた。
👉 もう、髪の毛を気にする相手がいない。
同僚も上司もいない。
誰の評価もない。
見るのはせいぜい、お客さんと自分くらいだ。
そしてそのお客さんも――
👉 髪型より中身を見る人たちだった。

■ 若い頃は「髪に生きていた」
若い頃は違った。
- 風が吹けばかき分けかき分け整え
- 鏡や窓があれば気にし
- 雨の日には少し憂う
あの頃の私は、
👉 髪の毛に、人生を預けていた
と言ってもいいかもしれない。
■ 誰も気にしていないという現実
それが今はどうだ。
前頭葉の肌がみえていようが、
多少乱れていようが、誰も何も言わない。
いや――
👉 そもそも誰も髪を気にしていない。
ここで私は、ひとつの結論にたどり着いた。
👉 髪の毛、もう必要ないのではないか。
■ 思い切って坊主にしてみた
そう思った私は、思い切ってやった。
五分刈り。
ほぼ坊主頭に丸刈り。
すると――
世界が変わった。

■ 最大のメリットは「洗う」という概念の消滅
まず、楽だ。
頭を洗うのが一瞬で終わる。
いや、正確に言うと
👉 顔を洗うついでに終わる。
泡をそのまま上に伸ばして、はい終了。
乾かす必要もない。
整える必要もない。
これはもう
👉 シャンプーからの解放である。
■ 髪の毛の正体は「天然ヘルメット」
さらに体の機能的な面から考察してみた。
髪の毛とは、本来
👉 天然のヘルメット
だったのだ。
紫外線から頭を守り、
多少の衝撃をやわらげる。
なるほど、よくできている機能だ。
■ しかし現代では不要かもしれない
だが現代は違う。
- 帽子という代替がある。
- 日陰がある。
- エアコンもある。
つまり
👉 外付けで全部まかなえる時代
そう、時代がすでに髪の毛を必要としないのだ。
これは人類の進化といえよう。
■ そもそも出番がない
よく考えてみると、
👉 日常生活で頭をぶつけること、ほぼない。
つまり――
👉 天然ヘルメット、出番なし。
……しかし。
そんな快適な坊主頭生活にも、
ひとつだけ問題があった。

■ 汗は裏切らない
夏。
汗が流れる。
それも――
👉 一切の迷いなく、目に直撃する。
しみる。
とにかく、しみる。
結局、私は帽子をかぶるようになった。
外では帽子。
家では坊主。
必要なときだけ、防御する。
これが最適である。
■ 若い頃の髪の毛の正体
ここでまた、思う。
若い頃、あれほど気にしていた髪の毛。
寝癖とか髪型とか、あれは一体、何だったのか。
今ならわかる。
あれはきっと――
👉 人の目の中にある髪の毛だったのだ。
若い頃、私は髪を整えていた。
それはつまり、
👉 人の目を整えていたのだと思う。
だが、今は違う。
個人事業主になった今、
評価を決めるのは見た目ではない。
👉 自分の中身そのものだ。
だから私は、余計なものを手放した。
髪も、手間も、見栄も。
■ 坊主と帽子という生き方
天然ヘルメットを外し、必要なときだけ帽子をかぶる。
それは――
👉 無理をしない生き方でもある。
守るべきときだけ守り、
それ以外は軽く生きる。
飾らずに削ぎ落とし、
それでもちゃんと頭は機能している。

■ 人生も同じだった
考えてみれば、
👉 髪の毛も人生も同じだった。
多すぎれば手間がかかり、
少なければ工夫が生まれる。
そして今、極限に到達した。
👉 人は、歳を重ねて頭を軽くするのかもしれない。
ただし――
👉 夏の汗だけは、どうにもならない。
これはもう、帽子が必需品であるが、今年の夏は
最新型「綿、汗止め一体の帽子」を購入しよう。


