なくてはならない私の三種の神器と仁義

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Last Updated on 2026年5月31日 by 管理者 Nikifarm

おはようございます。室温25.9℃、朝の血圧(123/89/68)。

三種の神器と、人の仁義

朝なのに、
なぜか台所だけは忙しい。

白湯(さゆ)。
コーヒーに豆乳でソイラティ。

まるで小さな給食センターである。

しかも最近、
私はあることに気づいた。

我が家には、
完全に“なくてはならない三種の神器”
がある。

サーバー若頭

まずはサーバー。

白湯を作るのに、ちょっとのお湯。

これが、
実は一番面倒なのだ。

昔なら、
やかんを火にかけて、
ボーッと待った。

だが今は、
ボタンひとつ。

90℃くらいの熱湯がすぐ出る。

逆に冷たい水まで出る。

浄水も普通にでる。

もはや我が家では、
水道より賢く偉い。

たぶん停電より、
サーバー停止のほうが家庭内がざわつく。

ただ最近は、
家のどこかで
「ピーッ」と音が鳴ると大騒ぎになる。

サーバーか。

電子レンジか。

炊飯器か。

冷蔵庫か。

みんなで、
「どれだ?どれだ?」
と探し回る。

昔は、
子供の声や電話が家に響いていた。

今は、
機械の警告音のほうが、
家族全員を動かしている気もする。

デロンギ親分

そして、
私の相棒、デロンギのコーヒーメーカー

朝、
豆を挽く音がすると、
妙に安心する。

あの音は、
たぶん現代版の“寺の鐘”である。

私は、
そこへ豆乳を入れ、
電子レンジで70℃に温める。

この温度が難しい。

熱すぎると、
沸騰してこぼれる。

ぬるいと、
人生までぬるく美味しくない。

結局、
電子レンジ舎弟も必要になる。

つまり我が家は、
三種の神器の組織力で回っているのである。

便利なのに静か

だが最近、
少し妙なことに気づいた。

便利なのに、
人と話さない。

  • 宅配の置き配
  • スーパーのセルフレジ
  • QR決済
  • ネット注文

全部、
人と話さず終わる。

昔は違った。

近くの商店へ行けば、
立ち話があった。

「あっ、どうも」

「今日は暑いね」

から始まり、
気づけば、
誰かの畑の話になっていた。

今思うと、
あれは情報交換でもあり、
人間確認でもあった気がする。

人間の仁義

昔の仁義とは、
別に任侠映画ではない。

近所の会話。

採れすぎた野菜の手渡し。

「これ沢山採れたのでどうぞ?」

「元気だった?」

そんな小さな親切。

  • 握手
  • 笑顔
  • 時には肩を叩く

不思議なもので、
人間は、
こういう時間のあと、
本当に胸のどこか奥が暖かくなる。

逆に、
便利だけで一日が終わると、
部屋は暖かいのに、
どこか心が寒い。

畑は、まだ会話がある

畑では、
まだ少しだけ、
昔の仁義が残っている。

「おはようございます。」

「キュウリ採れすぎた」

「今年ジャガイモどうだった」

「雨降らんなあ」

たったそれだけ。

でも、
人間は、
そういう無駄話で、
ぬくもりを感じているのかもしれない。

Nikiファーム流自然循環農法も、
結局は同じだ。

土も虫も草も、
全部つながっている。

人間だけ、
完全自動化すると、
少し自然界が壊れる。

便利とは、
人の手間を減らす技術。

だが仁義とは、
人と人との間に、
あえて“ひと手間の会話”を残すことなのかもしれない。

結局、無駄だと思えることは本当は無駄ではないのかも・・・

気づき

電子レンジは、
食べ物を温める。

だが人間は、
人との会話で、
心の奥を温めているのである。

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