私の朝はBBSGから始まる~働く垢【BBSG~№4】

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Last Updated on 2026年1月24日 by 管理者 Nikifarm

おはようございます、室温13.8℃、昨日のジョグ薬(90/67/110)。

〜残るものと、回るもの〜

※ BBSGについては、新年ブログ
「BBSからのスタート」および
№1〜№3で書いていますので、
ここでは細かい説明は省略します。

内容が分からない方はぜひ、前回をおよみください。

■ 続けていると、見えてくるものがある

同じ朝食を続けていると、
体の変化より先に、
どうでもいいようなことが気になり始めてきた。

私の場合、それが
ソイラテのマグカップだったとは気が付くまい。

■ 今ある旬を食べる朝

BBSGの「G」はGreenというのも書いた。
それも、スーパーから買った野菜ではない。
今ある旬の野菜、しかも自分の畑(NikiFarm)で収穫したものだ。

朝、畑に出て、
「今日はこれだな」と野菜のご意見で決めてもらう。

こちらが選んでいるようで、
実は畑に選ばされている。
だが、それで外れたことは一度もない。

■ 朝の楽しみはソイラテ

この朝食のお供が、ソイラテだ。
しかも、大きなマグカップ。

朝は、器も気持ちも小さくしてはいけない。
人生もラテも、
ちょっと多めくらいがちょうどいい。

豆乳の幕が張るのも、湯葉と思えば高価な出来だ。

■ マグカップに残る、あの問題

ところが、このマグカップが曲者だった。

飲み終わると、内側に
ソイラテの飲み跡のかすが、
きれいに一周残る。

※ 豆乳に含まれる「大豆たんぱく質」と「脂質(油分)」が、
コーヒーの成分と反応して固まったもの

すぐ洗えば、簡単に落ちる。
それは分かっている。

分かっているのに、
なぜかすぐ洗わない。

■ かすは「ちょっと」の間に固まる

ネットニュースを観ている。
今日の天気を考えて畑の段取りを考える。
ちょっとスマホゲームの数独を見る。

この「ちょっと」の間に、
かすは空気と結託し、
見事に凝固する。

こうなると、洗っても一発では落ちない。
ゴシゴシやる。
すると、少し残る。

この「うっすら」が、どうにも気になるのは私だけか。

■ 食洗機があるのに、なぜ手洗い?

食洗機に入れればいい。
我が家には、ちゃんとある。

それなのに、なぜか私は手で洗ってしまう。

理由はたぶん一つ。
自分でやった感が欲しいだけなのだ。

■ 朝に残るものは、三つある

BBSGの朝が終わると、
必ず残るものが三つある。

バナナの皮。
ゆで卵の殻。

そして、マグカップの内側に残るかす。

どれも、少し気になる存在達だ。

■ 捨てないものは、畑へ戻す

バナナの皮と、ゆで卵の殻は、
ゴミ箱には捨てない。

畑の残飯コンポストへ入れるために外のミニコンポストに入れる。
時間はかかるが、
やがて堆肥になるのだ。

その堆肥が、
土と混ざり次の野菜の栄養になる。

昨日の朝食が、
半年ほどして、
また畑に戻ってくる。

つまり、今朝食べたスティックブロッコリーは半年前のバナナと卵の殻の分身だ。

■ かすだけは、循環しない

一方で、
マグカップのかすだけは、畑に戻らない。

洗って、
それでも、うっすら残る。

このかすは、
おそらく下水道からでていくのだろう。

■ 人生にも、循環しないものがある

ふと、思った。

人生にも、
きれいに循環するものと、
自分の中に残るものがある。

  • 疲れ。
  • 失敗。
  • 思い通りにいかなかった記憶。

それらは、
コンポストには入れられない。

■ それは汚れではなく、働いたあかし

だが、それは汚れではない。

畑仕事をすれば、手に土が残る。
体を動かせば、体にあかが出る。

何もしなければ、
皮も殻も出ない。
カップも汚れない。

きれいだが、
何も生まれない。

自然の摂理はとても面白いものだ。

■ №4の結論:残るから、回る

バナナの皮と卵の殻は、
畑へ戻り、
また野菜になる。

マグカップのかすは、
今日を生きた証として記憶に残る。

人生も、自然も、
少し残しながら、ちゃんと回っている。

完璧でなくていい。
うっすらでいい。

それが、
今日もちゃんと生きた
「働いた垢」なのだから。

このかすを畑に持っていったら怒られるのは、私だけだろう。

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